慈悲の瞑想
慈悲の瞑想とは?
慈悲の瞑想は心を癒す瞑想です。
心に元気がないとき、ぜひやってみてください。
なお、このページでご紹介する慈悲の瞑想は、
日本テーラワーダ仏教協会で使われている文章です。
≫日本テーラワーダ仏教協会の慈悲の瞑想解説ページ
どんな人にオススメか。
・これから瞑想を始めようと思っている人
・心が疲れている人
・イライラが止まらない人
慈悲の瞑想の特徴
慈悲の瞑想は価値観のある瞑想であり、
この点が他の瞑想との大きな違いです。
どんな価値観かというと、
「自分自身の幸せ、生きとし生けるものの幸せを願う」
…です。
慈悲の瞑想と似たような自己治癒法に、
「千回の法則」という物があります。
慈悲の瞑想とあわせて活用してみてください。
以下、慈悲の瞑想の全文です。
黙読または音読してみましょう!
【慈悲の瞑想】
私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私が幸せでありますように
私が幸せでありますように
私が幸せでありますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々に悟りの光が現れますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
まずは自分の幸せを願う
慈悲の瞑想の解説によると、
「まずは自分の幸せを願うこと」、
これが大事なポイントらしいです。
自分が幸せに生きつつ、
他人の幸せを願うことは共生の精神に通じます。
共生の精神は、いろいろな考え方を許容できる
素晴らしい価値観だと思います。
慈悲の瞑想のオプション
慈悲の瞑想には続きがあります。
それが下にご紹介する文章です。
テーラワーダ仏教教会によると
「オプションのようなもの」らしいので絶対に必要というわけではありません。
平常心、不動心を得るための訓練としてご利用ください。
【慈悲の瞑想 オプション】
私の嫌いな人々が幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々に悟りの光が現れますように
私を嫌っている人々が幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている人々に悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
慈悲の瞑想のオプションを読んで感じたこと。
「人を嫌ってはいけない」「人に嫌われないように」。
仏教には、そういう前提は無いようです。
大きな発見でした。
けっこう自由なんですね。
慈悲の瞑想でネガティブな思考を頭から追い出す
ネガティブな思考に囚われると頭の中が騒々しくてかないません…^^;
そういうときは是非とも慈悲の瞑想をやってみてください。
慈悲の瞑想を音読、黙読している間は否定的な考えが頭から消え去るはずです。
ただ慈悲の瞑想だけで心の完全な平穏と静寂は手に入りません。
慈悲の瞑想を終えると、また頭の中にネガティブな思考が浮かんでくると思います。
プラス思考だけでは心が自由になるわけではない、という理由がここにあります。
慈悲の瞑想は「心の治癒」と「心の土台づくり」がその役割です。
心の平穏を得るためには、サマタ瞑想、ヴィパッサナー瞑想に挑戦してみてくださいね。